テーマ性のあるホテルの場合、コンセプトを優先するあまり、しばしば快適さが犠牲になることがあります。けれども情熱と先見の明をもったユニークな才能のおかげで、パーフェクトにバランスの取れたホテルもいくつか存在しています。
実際のところ、優れたテーマホテルを成功させるのは至難の業。テーマにのめり込み過ぎてゲストにまで配慮が至らない、なんていうリスクがつきものです。Tabletが特集するテーマホテルとなると、まさしくその反対が当てはまります。下のセレクションを見ていただければ十分なはず。これらのホテルの舞台裏にいる情熱的なヴィジョナリーたちは、きちんと優先順位を守っています。テーマばかりを称え、ゲスト体験がその完成度に及ばなかったなら、まさに本末転倒、彼らはきっと嘆き悲しむことでしょう。
Les Dames du Panthéon
フランス|パリ
ここは、フランスの歴史にその名を刻む偉人たちが眠る有名なモニュメントのすぐそば。「レ・ダム・デュ・パンテオン」は、仮にオーナーであるコリーヌ・モンチェッリに決定権があれば、ぜひともパンテオンに祀りたい「自由で自立した女性たち」を称えるホテルです。エディット・ピアフやマルグリット・デュラス、レ・ココットと呼ばれた19世紀のクルチザンヌ(高級娼婦)などが含まれます。彼女の希望が実現するまでの当面の間、こうした女性やグループを各階のテーマにし、オマージュを捧げています。
Hotel Cycle
広島県|尾道
日本人は、米国でなら皮肉をもって迎えられるようなアイデアを、巧みに取り入れるすべを心得ています。さらに、ひたむきにこだわることで、そのアイデアを皮肉にではなくクールなものへと形にしてしまうのです。「ホテル・サイクル」は、自転車というテーマを徹底的に追求した結果、ペダルから足を下ろす必要すらなくしてしまいました。なんと、愛車にまたがったまま、かの有名なしまなみ海道のサイクリングロードからホテルの部屋へと直接乗り入れられるのです。
25hours Hotel HafenCity
ドイツ|ハンブルク
ハーフェンシティは、現代的な都市再開発の典型です。大規模再開発プロジェクトが功をなし、ハンブルクの港湾地区は多目的エリアへと生まれ変わりました。新事業に乗り出すにあたり、「25アワーズ」グループがこの地区の歴史に着目したのは、なかなか賢明な策。ハンブルクの古い造船所や波止場を参照した装飾が存在感を放っています。
Hard Days Night Hotel
イギリス|リバプール
丸々一軒自分たちだけに捧げられたホテルを維持できるロックスターが、はたして他にいるでしょうか? 例えば、オックスフォードの「レディオヘッド」ホテル、あるいはアズベリー・パークの「スプリングスティーン」ホテルなんて、誰が想像できるでしょう? リバプールにビートルズをテーマにしたホテルを作ったらどんなものになるのか、それがよくわかるのは、「ハード・デイズ・ナイト・ホテル」のおかげです。ホテルに入ると、ポートレートや思い出の品々が目に飛び込み、テンションが一気にアップ。さらに「レノン(Lennon)」という名のスイートには、白いグランドピアノが置かれています。
The Yard
イタリア|ミラノ
「ザ・ヤード」は、テーマを徹底しながら、ホテルが提供すべき快適さがまったく損なわれていない素晴らしい例です。スポーツにインスピレーションを得たインテリアは、オーナーによって完璧にデザインされ監修されていますが、単に写真映えを求めているのではなく、人が快適に過ごすことを意図。テーマを反映した要素はとりわけスイートで際立ち、ゴルフからテニス、フェンシングにポロ、レーシングまで、さまざまなスポーツ競技をフィーチャーした部屋がラインナップしています。
Petit Ermitage
カリフォルニア州|ロサンゼルス
「プティ・エルミタージュ」の中へ一歩入った瞬間、このホテルがロシアのサンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館へのオマージュであることがわかるはず。いや、誰もがすぐさま、さりげない関連性に気づくわけではないかもしれません。しかしながら、正確にはむしろ、それこそが肝心なのです。テーマを設定したホテルの場合、イミテーションではなくインスピレーションとすることで、そのテーマを称えることになります。そして、北のヴェネチアと呼ばれる19世紀ロシアへのオマージュが、楽しい時間の妨げになることは決してありません。
Hotel Puerta America
スペイン|マドリッド
もし美術館の展示品の中に住んだとしたら? マドリッドにあるカラフルな「ホテル・プエルタ・アメリカ」なら、そんなまたとない機会を体験できそう。ジョン・ポウソンが手掛けたロビーからクリスチャン・リアグレによるレストラン、ザラ・ハディッド、ノーマン・フォスター、マーク・ニューソン、ロン・アラッド他、錚々たる顔ぶれがデザインした各フロアに至るまで、実際のところ、このホテルは現代建築とデザインのミュージアムそのものなのです。
Hazlitt’s
イギリス|ロンドン
ロンドンにあるこの小ぢんまりとしたタウンハウスは、19世紀初期、著作家のウィリアム・ハズリットの邸宅でした。ジョージアン様式の建物はホテルとなった今もなお、ハズリットが誇る文字への愛着や彼のキャラクターで満たされています。実際、23室ある客室はそれぞれ、ワーズワースやジョナサン・スウィフトなど、文学界の著名人の名前が付けられています。
The Villa, Casa Casuarina
フロリダ州|マイアミ
「ザ・ヴィラ カーサ・カジュアリーナ」は、かつてジャンニ・ヴェルサーチが所有していた豪邸。“ヴェルサーチ”というテーマについて、このホテルを挙げたら、ずるになるでしょうか? それは何とも言えませんが、ともかく、ここ以上にこのテーマを網羅的に体験できるところはなさそうです。ヴェルサーチが1930年代に建てられたこの豪邸をすぐさま気に入り、約4,000億ドルを費やして建物と周囲の土地を購入したのは1992年のこと。彼は1997年にここで亡くなりました。
Mira Moon
香港
ホテル名が示す通り「ミラ・ムーン」のテーマは月。中国神話に登場する月の女神と翡翠のウサギをメインモチーフにしたストーリー性あるインテリアは、贅沢なのにどこか童心を感じさせ、東洋版『不思議の国のアリス』とも言えるような世界観を演出。マルセル・ワンダースのデザインユニット、ワンダース&ユーが手掛けただけあって、中国の伝統にオランダらしいモダンなエッジと遊び心が加わり、他のどこにもないマジカルな空間が生まれています。